その日にあったこと、思ったこと、好きな漫画や小説について語る日記です。
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春日山・鮫ヶ尾紀行
4月28日から29日にかけて、念願の新潟は春日山へ行ってきました!!
ミラージュにハマって早10数年。ずっと行きたいと思っていた全ての始まりの地、春日山です。

上杉謙信が治め、彼の死後、二人の養子が跡目を争って戦火に巻かれた城下町。
屋敷のあった春日山城から逃れて御館にこもった上杉景虎(北条氏康の7男)は、義弟の上杉景勝(謙信の姉の息子)軍に包囲され、鮫ヶ尾城へと逃げる。
相模から北条家の援護は雪に阻まれ届かず、乱が始まってほぼ1年後の3月、景虎は26歳の若さで自刃。

33年前から毎年行われている勝福寺での景虎公供養の法要は今年で431回忌です。
私と友人は知らないで旅行計画を立てていましたが、春日山と鮫ヶ尾城に行くならついでに法要に参加しませんかと誘ってくださった直江津にお住まいの方にお世話になり、春日山城から鮫ヶ尾城までいろいろと案内してもらいました。
タクシーを使おうか、バスで頑張って回るか、根性で歩くかと考えていたところだったので、何もかも車で回っていただけて本当に助かりました。

28日の昼に新宿からバスで長野駅へ行き、そこから鈍行列車に揺られること1時間半で直江津に到着しました。(現在、長野行きのバスは回数券2枚で一枚あたり2900円!)
長野からの電車からは、まだ綺麗に咲いている桜や黄緑色の若葉でふわふわとした見た目になっている山々、朝の雨で水かさを増している川や、まだ線路脇に残る雪を見ながら時々眠りこけてましたが、新井(鮫ヶ尾城がある)や春日山駅の名前がアナウンスされるとそわそわしてきて、やっと直江津に降り立った時は本当にワクワクしました。

で、誰もがやるであろう、「直江津」の津の字を隠して写真を撮りたかったんですが、漢字で書かれている駅名がなかったので、改札外にあった天地人の旗の、「直江兼続」の兼続を隠して記念撮影
すんません、天地人スタッフの皆さん。
でもミラジェンヌが期待してるのは“かねたん”じゃないんです(笑)三郎景虎と、直江信綱なのですww

迎えに来てくださったあっきさんにお会いした後、「直江のうたごころ」というお菓子を買いたくて駅前にある和菓子屋さんに向かってもらうと、なんと閉まっている!?
明日は開店時間には間に合わなさそうなので、どうしよう、ここでしか売ってないのに!とあわあわしているとそこは地元人。
あそこにあるかも!と連れて行ってもらったイトーヨーカドーで無事に買うことができました。
ふふふ、直江のうたごころですよ。ヤツにあるんですかね、そんなもの(笑)
お土産お土産        越後 御館御館跡の看板

その後、ご飯を食べる前に御館跡を案内してもらいました。
二人の養子の相続争いは、景虎が立てこもった屋敷の名前にちなんで「御館の乱」と言われています。
屋敷は燃えてなくなり、戦国時代後はほとんど整地されてしまって面影は跡形もありません。
公園になっている御館跡は中央に屋敷があったとされ、入り口に石碑と由来の看板が立っているだけです。
去年の大河ドラマ「天地人」では鮫ヶ尾城で共に亡くなったような演出をされてましたが、景勝の妹(姉?)の景虎の正室や娘はここで自害したとも言われ、50年ほど前に行われた発掘調査ではべっ甲のくしなどが出土したそうです。
この場所で轟々と燃える屋敷、戦う武士たち、逃げ惑う女人たち、そんな光景があったかもしれないと考えると、何もない公園でも心が沈みます。

それから私と友人は駅近くの居酒屋さんで夕ご飯。
海のそばに来たならやっぱ刺身でしょ!と注文した刺身盛り合わせは、魚の身がこりこりしてて水っぽくなくて実に美味しかったです!
あと塩スルメの天ぷら!
一夜干のイカを天ぷらにするんですが、干されたことで味が凝縮して、でも干からびてはいないので弾力ある歯ごたえが残って、からっと揚がった天ぷらの衣も美味しくて、これでご飯2杯くらいいけちゃうよ!?(笑)
地酒も飲んで満足しました^ヮ^

そして宿は漢方のお風呂があるビジネスホテルへ。
のんびりお湯に浸かってぐっすり眠りました。
翌朝、9時にチェックアウトして出発しましたが、朝からものすごい風と雨で車の外に出られず、直江津港はざっと車内から見て(日本海を見たかったんです…)、小川未明の「赤い蝋燭と人魚」の像のそばを通って十念寺や春日神社(春日山の名前はここから)へ行って、春日山城そばの林泉寺に行きました。
上杉謙信が幼少、文武の修行を積んだ寺です。 林泉寺 寺門

ここの門からお寺までの庭がとても綺麗で、桜はもう散ってしまってますが、他の花が咲き始めて雨に濡れた木々の若葉を通る空気が気持ちいいです。
林泉寺の宝物殿内の展示品はとても面白いものばかりでした。
鎧かぶとに槍、軍旗、仏像などに達筆な説明文が添えられています。…読みにくいって!(笑)
去年の謙信公祭の時のGACKTさんとか、阿部寛さんの写真もありました。かっこいい~!
今年は阿部さんが謙信公役らしいよ!うは。行きたい

謙信公の墓(遺骨は山形の米沢へ移されている)や川中島戦没者の供養等に手を合わせたら、いざ春日山城へ。
謙信公の銅像がある場所までは車で行けますが、あっきさんはその先まで顔パスOK。林泉寺もフリーパスで、同行者の私たちも通らせていただいちゃいました。スゴイ。
三の丸→二の丸→本丸が一番頂上へ近いルートでしょうか。
三の丸は三郎景虎の屋敷があった場所で、上を見ればすぐ謙信公の居る本丸です。
人質として越後に来た15、6歳の少年(当時ではもう大人か)が与えられた場所としては格別に優遇されているのでしょう。のちに謙信は養子に迎え、姪の景勝の妹を妻にめとらせます。
明治かそこらに杉が植えられてしまったそうですが、木がなければ日が程よくあたり、眺めも良い場所です。
しかし私たちが到着した時、ここに立てられた案内板が強風で倒れてしまい、文面が読めなくなっていました。
一度、起こそうとして重過ぎて止めたのですが、私はこの案内板が読みたい一心で、三人で力を合わせて持ち起こしましたうん、頑張ればできる!(笑)
(後日、杭で補強されたそうです。) 三郎屋敷看板
ここには「(前略)小説「炎の蜃気楼」で現代に蘇った景虎が美しい男性として描かれて人気を博しています。近年、春日山で最も賑わいを見せている郭の一つです」と書かれています。
いつごろこの看板はできたのかなあ。10年くらい前にはあったのかな。
看板にまで名前を書かせちゃうミラージュとそのファンの勢いがすごいと実感します(笑)
今でも女性が春日山城に来ると「ミラージュファン?」と聞かれるそうなので、ミラジェンヌたちの炎は衰えていないのでしょう

本丸は眺めがものすごく良かったんですが、晴れてたらもっと遠くの山々も見えるそうです。
兵の進軍なんか一発で分かっちゃいますね。そのぐらい遠く広く見える。
でもこの日は風にあおられて飛ばされてしまいそうでした。冬なんかものすごい雪だろうな!
そして毘沙門堂、直江屋敷を通って春日山城を後にし、次に向かうは新井の勝福寺です。
昼1時から景虎公の法要が行われるので、その前に道の駅でお昼を食べてお土産をみつくろい(景虎どら焼きゲット!)、ギリギリで勝福寺へ駆け込みました。

すでにお堂の中は人がずらりと座り、目の前の仏壇?には花やお酒が捧げられて、しばらくすると住職らによる読経が始まりました。
今回初めて、小田原の北条家ゆかりの檀家さんが参加されたということを聞いて、思わずうるっときてしまいました。
上杉家の一人となった景虎ですが、御館の乱では相模に助けを求め、兄たちはそれに応じて援軍を出しました。
助けの手が届かないまま無念の死を遂げた彼の、故郷への想いはどんなものだったろうかと思いを馳せずにはおれません。

法要が終わった後、近くの畑で発掘が行われた屋敷跡を見学して(鮫ヶ尾城主、堀江宗親の家臣の屋敷?)鮫ヶ尾城へ向かいました。
駐車場から頂上へは3ルートあり、初めに登った道は雨でぬかるんで滑りそうでした。
道の脇にはカタクリの花がたくさん紫色の花を咲かせています。イワカガミやチゴユリ、わらび、椿などもありました。
頂上には休憩場所と石柱があり、景色が360度望めます。
後ろにはまだ雪をかぶった山、眼下は田んぼが広がり道路が走り、山の稜線をたどった先には日本海。晴れたら佐渡島が見えるそうです。
そして左手には春日山城が…。
春日山から鮫ヶ尾が燃える炎は見えただろうか…。真下に見える広い土地を見ながら静かに思いました。
鮫ヶ尾城から春日山方面  左の山のどれかが春日山城  鮫ヶ尾城石柱花とお酒が手向けられた
頂上の脇には米蔵跡があり、ここから炭化したコメが出土しています。布にくるまれた跡のある、炭になったおにぎりなども。
私たちはいち早く頂上につきましたが、法要に参加された方々も後から登って来られ、石柱に花束やお酒を供えてました。
そしてそのお酒を開けて宴会が始まってました(笑)
私もちょっと端っこに参加させていただき、お抹茶や「景虎」をご馳走になりました♪
「…やっぱり皆さん、ミラージュファンですか」と聞くと、
「そりゃ、こんなことして残ってるのはミラファンしかいないでしょ~」

…で・す・よ・ねぇ~~~(笑)
400年以上も前に亡くなった人間を偲び、同じ場所で、おそらくは同じような気持ちでいることがとても嬉しく感じました。
下山して登り口の管理棟へ行くと、こちらでもミラジェンヌの皆様がお茶を飲んでまったりされてました(笑)
管理棟の方がお茶とお漬物やリンゴの甘煮などを出してくださってます。
漬物をかじりながら、ようやくここでSNSコミュでメッセージをいただいた方にお会いすることができ、買い損ねた「直江の月」をいただいちゃいました

でもそろそろ電車で長野駅に向かう時間が来てしまい、後ろ髪を引かれる思いで鮫ヶ尾城を後にしました。
ミラージュノートに何も書けなかったのが残念!
たった1日じゃあ慌しくてお土産もちゃんと買えなかったし、今度は良い天気の時にゆっくり頂上で過ごしたいです。
景虎の湯にも入りたいです(笑)
早く新幹線を開通してくれ!そしたら何度でも来るわ、新井!


今回の旅はいろんな人との出会いがあり、思いの深い土地を良い気持ちで訪れることができて本当に幸せでした。
連綿と紡がれ流れてきた歴史を肌で感じることができ(戦国時代だけじゃなく、縄文時代の竪穴式住居の跡まで残ってるとは!)、一層身近に、大切なものに思えるようになりました。
お世話になった皆様、本当にありがとうございました!
また行きますっ(≧ワ≦
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